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精神障がいのこと

うつ病の原因

精神障がいのこと

うつ病って何が原因だったのだろう?

わたしは、現役のうつ病患者です。かなり快方に向かっているので、こうやってブログを書いています。実感して思うのですが、本人はうつ病を患う初期段階から原因は分かっていません。分かっていれば対策もとれるのですが、かかってしまえば周りが気づいて止めるまで突き進みます。これからのお話は、自分が後になって考えてみればと客観的に見て、感じたことをお伝えしたいと思います。わたしの場合に起こったことが元になるので、皆さんには当てはまらないこともあるかと思います。一例として読んでください。それから、このことは療養中でしたらうつ病の原因のことは考えないで、ここで読むのを辞めておいてください。社会復帰前の閲覧で十分間に合うと思います。

わたしのうつ病は、仕事と自分の性格から起こった落とし穴が原因だと思っています。
仕事の経歴は、サラリーマンから工芸職人まで携わりました。いずれも管理職になり部下がつきました。
わたしの性格は、熱血、一匹狼、完璧主義、義務感等強かったと思います。しかしそんなわたしも、うつ病を患って性格は変わったと聞きます。自分では変わっていないと思うのですが、自分の性格なんてあいまいなもので分かりずらいので、うつ病になりやすい原因の性格を少し調べてみました。

循環気質:元気な躁状態と抑うつ状態を繰り返す双極性うつ病になりやすいタイプで、社交的、善良、親切で親しみやすい反面、激しやすいという面をもっています。

執着気質:義務感が強く、仕事熱心、完璧主義、几帳面、正直、凝り性などの特徴があります。仕事の質は高いのですが、量がこなせません。仕事を一生懸命完成さるために軽い興奮状態が続いたあと、ガクッときて、抑うつ状態に陥りやすいタイプです。また二者択一的で白か黒か、ゼロか100かという結果を決めつけたがり、優先順位をつけられないタイプでもあります。

メランコリー親和型気質:常識を重んじ、常に他人に配慮を忘れず、円満な関係を保とうとし、自己の性格だけでなく、他との関係も重視するタイプです。そのため他人の評価が大変気になり、いったん何か問題が起きると、悲観的になって、すべて自分の責任だと考えるタイプでもあります。

これから言うと、わたしは循環気質の原因ではないようです。執着気質とメランコリー親和型気質の原因に当てはまりそうです。わたしが経験した仕事に当てはめたいと思います。

まだうつ病なんて考えられなかった新入社員から数年後、一匹狼で仕事をやってきた自分は責任者となり部下が付きます。それまで自分一人でやってきた仕事を部下の分まで見るようになりました。プロジェクトの進捗を考えると部下の進み具合も気になってきます。これまで完璧を追及してきたので、妥協はしたくありませんでした。ですので、部下にもそれを押し付けていたようにあります。つい完全に任せきらず手を出してみたりしていたので、自分の作業時間が作れず進みが悪くなりました。部下にも評判は悪かったように感じていました。完璧を求める反面、人からの評価も気にしていました。責任者である以上、自分が遅れるわけにはいかないので、かなり無理をしていたと思います。結果、それでも納得いかないものができてしまいます。かなりストレスを受けます。自分自身にです。こう言うと自信過剰に聞こえますが、一人でやっていた方がもっと良いものができたと思ってしまうのでした。そして半面、自分の責任者としての未熟さも悲観するのです。責任者とし反省しながら、退職する10年後まで悩んできました。

それなりに会社に貢献してきたわたしも、もう一段上の管理職になります。もちろん仕事域も部下の数も増えます。当時いろいろ考えるところがありました。自分の責任者としての能力、自分の仕事の満足度、会社の経営状態、実家を考えた将来の見通し、それらを総合して転職することにしました。管理職としてはもったいないものがありましたが、違う未来の方が魅力的でした。

次の仕事は、事務職としてのサラリーマンではなく、モノ造りの職人でした。工芸品を一から自分で作ってみたいと、これなら自分の仕事に没頭して完璧を追及できると思っていたからです。職人の始まりとしての適齢期を過ぎていましたが、運よく工房に潜り込むことができました。
工房での仕事は、やりがいのあるものでした。自分の仕事時間を十分に使えるのです。仕事時間中は独り没頭していましたが、前職でのことを反省してそれ以外の時間はなるべく人間関係を円滑にし、人の話すことや考えを否定しないようにしていました。いつからか自分から意見しなくなったような気がします。

工房内の人の出入りは激しく、独立していく人、考えが行き違い出ていく人、そして自分のように希望に満ちて入ってくる人様々です。いつしか自分より先輩がいなくなり、弟弟子が増えました。上がいなくなれば自分が責任者となります。責任者となれば前職のように弟弟子をまとめなければなりません。今度は前職とは違いました。職人は個性が強く物事をはっきり主張したり派閥を組んだりします。そこへ対抗するには責任者は、その工芸技術も長けていなくてはなりません。実績もいります。まだ、入社して数年です。実績はそこそこありましたが、技術はまだ長けているという自信はありませんでした。つまり責任者としての自信はなかったのです。責任者を辞めるわけにはいきませんので、チームの和を守ろうと相当に気を配りました。職人の不満は部署代表として会社にあげます。なかなか会社は理解してくれません。職人は、不満足なようで愚痴を言ってきます。わたしは、それを治めることに終始します。また、自分の仕事ができなくなりました。やるせない中、深夜の残業が続きました。

だんだん疲れてきました。職人たちの声が聞こえなくなっていました。体力よりも気力がなくなって、今や何のために仕事をしているのか分からなくなっていました。休憩時間は独り皆と離れて取り、昼食も独り済ませた後、横になっていました。作業の間違いも起こし、ますます職人の信頼はなくなっていきました。ある日、職場に出られなくなります。ベッドから体が起きられません。それでも無理に会社まで送ってもらいます。職場を前に中に入れませんでした。結局、しばらくお休みをもらうことにしました。その時にはもう、うつ病の初期状態だったのです。

これがわたしの仕事事情だったのですが、なにが原因でうつ病になったのでしょうか?

先の気質の例と合わせるとわたしの何が原因だったのか見えてきます。
まず仕事に心の余裕がありませんでした。自らの性格から抜け出せずに自ら崩れていったのです。
もちろん外的要因はあったとは思いますが、本当に会社で嫌われていたのでしょうか。きっと助けの手もあったでしょう。自分で勝手に思い込んで、自らを追い込んでいたのかもしれません。
工房でもそこから逃げるという選択もあったと思います。仕事を忘れる時間も必要だったと思います。独りで何もかもこなそうと思いすぎました。仕事も大事ですが、生きるという人生はもっと大事でした。結果、自分自身を大事にしていなかったのでしょう。

このように話すと、自分自身だけが悪いように聞こえますが、もちろん外的要因の大きい患者さんも多くいらっしゃると思います。今回の場合は、わたしの例を挙げただけですので、ご了承ください。

今回は、うつ病と原因について、自分の例を挙げてお話しました。ご反論もあろうかと思います。ご了承ください。
重ねてお伝えいたしますが、振り返りは怖いもので病状が悪い時にはするものではないと思います。病気中は、何も考えずにゆっくりと過ごしてください。病状が良くなり社会復帰が見えてきたら、先の気質と自分を重ね合わせて注意点を探してみましょう。きっと再発の予防になると思います。

外部リンク:うつ病ってどんな病気?うつ病の原因

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