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精神障がいのこと

うつ病と病院

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うつ病と病院~セカンドオピニオン~

わたしは、現役うつ病患者です。かなり快方に向かっているので、このようにブログを書くことも仕事に就くこともできました。
わたしは、うつ病を患って4つの病院を周りました。通常の病気では、多い方でしょう。ですが、わたしが思うにはうつ病には、疑問があれば病院を変えてみるのもありだと思います。わたしが、病院を変わっていった経緯をお話したいと思います。

わたしが、病気を疑って飛び込んだ病院は、自宅の近所に開業したばかりの診療内科クリニックでした。すぐに会社に復帰したい自分は、良く調べもせずに近所というだけで選んでいました。初めは開業仕立ての病院ということで患者は少なかったですが、半年もすると予約がとりずらくなるほど盛況ぶりでした。世の中にはこんなに患っている人がいるのだと驚きでした。

診察はいたってシンプルでした。血圧、身長、体重、問診、診断、処方です。診断は、自分の状況を伝えて医師が処方を判断するものでしたが、一度もわたしの目を見ないのが気になりました。付属の薬局で驚きました。これまでにもらったこともない量の薬を処方されたのです。わたしは、病状が良くなればと欠かさず飲みました。そこからおかしなことが起き始めます。夢遊病、感情の浮き沈み、意識の欠落等、これまでになかった症状です。もちろん主治医に報告しました。すると薬をあれとこれを出してみましょうと処方します。病状の変化はあまり聞いている感じはしませんでした。薬は2週間ごと増えていきました。症状は悪化するするばかりです。

わたしの家族は薬に対して良くないイメージを持っていたので、病院を疑っていました。それまで一人で受診していた自分でしたが、家族を代表して母親が付き添ってくれました。2,3質問をした時でした。主治医が急に匙を投げだしたのです。それまで親身になって話を聞いてくれていたのですが、薬の話になると激高し始めたのです。それまで信頼していた主治医は、そこにはいませんでした。薬に騙されたような気がしました。すぐにセカンドオピニオンを探します。

セカンドオピニオンに移行するには、主治医の紹介状が必要でしたが、すんなりと出してくれました。今度の病院は、県内でも大きな精神科のある総合病院です。主治医の先生が、問診を行います。今度は目を見て厳しい印象の医師でした。診断は、躁うつ病と言われました。最初のクリニックでは、適応障害からうつ病でした。病院によって、こんなに診断が変わるものなのかと疑問を感じました。

それからすぐに入院となります。期間は6か月(現在では3か月で入院計画は立てられています)。薬はとても許されるような量じゃないものでした。2週間飲んだ薬は、それ以上時間をかけて減らしていきます。すぐには止められないのです。半年飲み続けた薬は半分に減らす計画が立てられました。薬を減らすという作業は、不安と苦しさを伴うものでした。それを救ってくれたのは、病院の静かな環境でした。初めは何もすることはありませんでしたが、入院に慣れてくると、カウンセリングや様々な作業療法プログラムが用意されていました。カウンセリングは、これまでになかったプロファイルで深層心理まで及びました。作業療法は、手を使った作業から音楽を聴いて心を休めたり香水やフットマッサージなど多岐に及びました。さすが大きな病院です。食事などの生活からメンタルケアまで充実していました。

病棟は左右に分かれ、左は一般病棟、右は隔離病棟です。わたしは自我がありましたので、一般病棟です。部屋は4人部屋を一人で使っていました。変わっていたのは仕切りがカーテンではなく、クローゼットや家具調の棚で区切られ、プライバシーが守られていたところです。わたしは、当分の間その空間で引き籠っていました。一般病棟なので、騒ぎ立てる患者もいなく大変静かな環境でした。隔離病棟は、その扉が開くたびにけん騒が聞こえました。食事は、一般食で量も多めです。風呂は週に2回でしたが、シャワー室と温泉、足湯もありました。洗濯はランドリー室があり個人の自由に使えました。部屋の掃除は毎日入り、シーツ交換も定期的に衛生には気を使っていました。生活は快適です。病院生活に慣れる程、気持ちは落ち着いてきました。おかげで半年たつと普通の健常者に見えるくらい回復していました。まだ多めでしたが薬もかなり減りました。病院が変わるとこうも変わるかと実感したのでした。長かった入院生活も終わりに近づくと季節も変わっていました。

本来は退院したら、そのまま通院する予定でしたが、主治医にちょっとした事情があって独立をすることになったようです。わたしは、その先生を信頼していたので、ついていくことを決めます。開業まで時間があったので、それまで仮の通院する病院を紹介してくれました。3つ目の病院です。ここはある事情で通院期間は短かったのですが、先の2つの病院とも雰囲気が違いました。わたしが仮の通院ということを知ってか、あまり真剣な対応には感じません。また、薬の減量も途中ですので精神状態は不安です。主治医はいなく当日の当番医が対応してくれました。ですので話がつながらず、これでは病院に行く意味がないなと感じ、通院する日も少なくなっていきました。これが悪かったのでしょう。徐々に病状が悪化し、ある事件が起こります。

ある日、ある事柄で悪くなり始めていた病状が手が付けられない状況に陥り、以前とは別の大きな病院に救急搬送されます。4つ目の病院で、現在通院しているところです。
気が狂ったように喚き、暴れていたそうです(後で聞きました)。目を覚ましたのは個室のベッドでした。看護師がひっきりなしに様子を見に来ます。異常な様子がないか監視されているようでした。それもそうで、わたしのいる部屋は、状態の不安定な監視が必要な患者のいるフロアでした。このフロアからは管理官のゲートを通らなければならず、フロア外に出るには看護師の許可が必要でした(ほとんど許可が通ることはありませんが)。1週間たち生活に落ち着きが出たころ頃、ようやく主治医の先生の診断があります。今度は、うつ病と診断されます。また病名が変わりました。本当にどこが悪いのか分からなくなります。今回は、3か月の入院となりました。

今度の病院も大きな総合病院です。6階建ての大きなメイン棟に4階建ての付属棟がいくつもあります。医師の数の多く、専門の担当医もいました。身体検査、問診、カウンセリング、診察と一連の検査を受けます。この辺りは、どこの病院でも変わりません。2階のフロアで隔離生活になれていくと、周りが見えだして、他の患者に目が行くようになります。男女の部屋は区分されていましたが、年齢別では区分されておらず小学生の子から老人まで一緒に生活していました。一見して健常者のようでしたが、自分のいるフロアを考えると監視をしないといけない患者ばかりなのだと複雑な心境でした。
普段は、部屋に引きこもっているのですが、食事は外へ取りに出なくてはならず、おそらく問題なく生活が送れているかを見ていたのだと思います。出てこない患者は数人の看護師で連れ出していました。
入浴は、週2回シャワー室で予約制でした。気分も憂鬱で面倒くさいことでした。その部屋で一か月生活しましたが、見えるのは窓の外の路地だけでした。

薬の減量も続き、3階の一般病棟に移ることになります。ふつうは4人部屋に入るのですが、わたしの事情も考えて個室に入ることになります。朝日の入る明るい部屋でした。トイレも個室になりましたが、ますます引き籠ってしまいます。主治医からは、部屋の外に出るように促されます。2階コミュニケーションホールはあったのですが、その中に入っていく気にはなりませんでした。その代わりに部屋の横にはバスケットゴールが一つ立っていましたので、そこで一人でボールを放り込んでいました。
しばらくすると行動の制限が緩和され、入浴はエレベータを使って大浴場へ、外出許可を取れば一人で病院の敷地内を散歩できるようになります。久しぶりに外の世界の空気を感じれます。

3階に移るとカウンセリングと作業療法も始まります。この辺も以前の病院と変わりませんが、規模が違いました。作業療法は様々なメニューが用意されています。けん騒を離れたい方に音楽鑑賞に絵本読本、没頭したい方はジグソーパズルにプラモデル、キルトにパッチワークにビーズなど好きなものが用意されています。わたしは没頭感と達成感でジグソーパズルを選びました。初めはぼんやりと始めたパズルですが、作業療法士の応援でかなり大きな作品が出来上がります。達成感で何かが変わった気がしました。
起床、朝食、自由時間、昼食、作業療法、カウンセリング、夕食、就寝とリズムよく生活すると病状も早く良くなってきました。退院も近づき、仮退院が始まります。1日だけなのでよくわかりませんが、元の状態には近づいていると思います。その時には薬は最小限に近くなっていました。そして退院します。

退院後の話になります。これまでの失敗は、退院後、すぐに通院していなかったことです。自分で判断して薬の量も変えていました。これがいけなかった。
通院は2週間に一回必ずとなります。
主治医と今後を相談して、付属のデイケアに通所しないかと誘われます。建物は別でしたが、経営母体の同じデイケア施設が隣接していました。患者がすぐには社会復帰できないので、ここで訓練を受けられるのです。訓練と言ってもあまり作業療法とプログラムは変わりません。わたしは、工芸の仕事をしていたので、絵画と陶芸を選びました。作業療法と少し空気が違い、より社会生活に近いものなっています。集団の中コミュニケーションも多くなり多人数とも話せるようになりました。このような施設があると便利で、社会への復帰の恐怖感が低減されます。デイケア通いはしばらく続くことになります。

その病院に通院してもう十年近くになります。わたしは薬を飲んでいますが、寛解の状態で安定しています。主治医との診察は、4週間ごとになり、薬の量は最低ラインになりました。もうこれ以上出さないし減らしもしない安定した状況です。この病院に巡り合えるまで十数年経ちました。病院がいかに綺麗で立派でも医師の診断がうまく合っていなければ、最悪悪化することもあるのです。病院探しはとても大事です。

いかがだったでしょうか?
私の病状は、変わっていないはずなのに、医師の見立てによって診断は変わるのです。そんなはずありません。医師の技量も見極めましょう。病院は、かかる前に評判や診療の内容の情報も調べておきましょう。それでも入ってみないとわからないことがあります。疑問があったら堂々質問して、納得いかなければセカンドオピニオンも考えてみましょう。

ここで大事な事があります。これまでのことは、一人で考えずに周りの助言も受けましょう。自分自身の病気ですが、うつ病は、自分で分からない面が多くあります。病状の事は、信頼を置ける人と診断を受けましょう。ちゃんとした病院なら受け入れてくれるはずです。
独りで悩まず、良く調べて病院を選びましょう。

良い病院に巡り合えることを願っております。

外部リンク:失敗しない心療内科・精神科(メンタルクリニック)の選び方

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「精神科にいけば、この鬱々とした気分をなんとかしてくれる」なんてことはない。根本的な解決がなされないまま、一瞬の気分だけ変えても仕方がないのだ。それどころか、依存性が高い薬を長く処方されることになる。では、どうしたら、まともな精神科医に出会うことができるか。いま服用している薬は本当に安全なものなのか。精神科にかかるすべての人に読んでほしい、大反響を呼んだ告発本。
〈本書構成〉第1章 精神医学はやりたい放題!/第2章 私が精神医学を「詐欺」と呼ぶワケ/第3章 これは病気ではない/第4章 精神科にダマされないために/第5章 私の実践する「精神症状」対応策

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